決闘がなぜ大切か?
決闘がなぜ大切か?
2005.3.4(金)
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無冠の小説家 さん】(No.1)
brogでのこういった言葉の決闘は本当に罪がない。だが、近代日本の悪しき制度としてあった仇討ち、近代西欧ではやった「名誉を守る決闘」
を含め、決闘という世界中にあった裁判の1形式は、実際の正邪のありかとは無関係に、ただ腕力の強いほうが勝利するという決定的な欠陥、不条理がある。決闘も仇討ちも当人同士の粋好みと世間体を取り去れば、ただこっけいと悲惨しかないのは明らかだ。江戸時代にこの制度でいかに多くの悲劇とどろどろの現実があったかは、成功率1%以下という現実を見れば明らかだ。「忠臣蔵」や「護持院原の仇討ち」は奇跡のような例外的事実だったから(ロマンとして)今に伝えられるのだ。現実としての決闘はロマンではまったくない。こんなものをはやらせて貰っては困る。
匿名希望さん】(No.2)
ルールは当人同士で決めればいいんで、単純な殴り合いじゃなくてもいいんでしょ?

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