無理心中ということ
無理心中ということ
http://blog.tackns.net/bin/article.cgi?articleid=1266
 前に書いた大事MANブラザーズバンドの応用編であるが、無理心中の事件をニュースで聞くたびにこう思うのである。

無理心中を図ったことが悲しいのではない。
無理心中を図ろうと考えるほどの状況にあったことが悲しいのである、と。
2008.4.1(火)
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無冠の社会評論家さん】(No.1)
>--ろうと考えるような状況
おおかたは貧困だろうがこれは悲しいなどと情緒に流すべき問題ではないだろう。多くは同じ状況で踏みとどまりけなげに再起を図る人間達ばかりだ。こう考えると意志薄弱で社会にしっぺ返しをはかって自爆する人間どもの弱さが悲しい。わしは常識的だがそう思う。

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